先週末の「老神温泉そば祭り」に行ってきました。
去年から、僕はこの祭りの「そば大使」なのであります。
みなさんの前でそばを打つわけではなし。開会式に出席させていただく程度です。
現在、明和短大で「食文化」などを論じている身であり、「家庭料理の達人」(?)を自称していますが、そば打ちには乗り出していないのです。
一昨年に『今夜もおっきりこみ』というフォトエッセー集を刊行したため、うどんを自分で打つことはあります。
昔の農家のおかあさんみたいに、手で打って、「手回し式の製麺機」(思い浮かぶ人がいるかなあ。昭和の農家には、必ずありました)でうどんを作ります。おっきりこみには「やや幅広麺」がいいので、包丁で切ります。
製麺機は、こんなものです。
事務所に写真が残っていなかったので、『今夜もおっきりこみ』のモノクロページに使った写真をスキャンしたものです。画像は荒れています。

でも、そばは全くの素人。
3〜4年前に、この祭りを支える「群馬奥利根連合そば会」の総会で講演をさせていただいたのがご縁で、お声がけをいただいています。
今年も、いい雰囲気でした。祭りのメインは「そば打ち段位認定大会」で、大勢の人がチャレンジしていました。「様式美」を感じる光景で、やはり感動的です。
そば打ち、乗り出そうかなあ。
◎「粉食王国」群馬だけに
人間の食の歴史を振り得れば、「穀物」を食べることが「入門編」のひとつであるし、米がほぼ「粒食」で、東アジアに定着したのに対して、麦の「粉食」は世界を席巻。西洋のパン、東洋のうどん、そして例外的にイタリアのパスタ、といった具合に。麦の粉食も、米の粒食も、実に1万年の歴史を誇ります。
そして、そばは日本を代表する「粉食文化」。粒食・粉食を共存させた日本人の素晴らしさ、そしてその日本の中でも「粉食王国」を誇る群馬の底力を考えつつ、奥利根そば会の人たちが打ったそばをすすって帰ってきたのでした。
その晩は、「水上の松岡修造」さんのお誘いで、みなかみ町の人たちと意見交換会、という名の「言いたい放題の宴会」を、谷川温泉の「旅館 たにがわ」で。
みなさん、熱血青年ばかりでした。
6〜7年前から感じるのですが、なにかの会合があると、それまでは「若者の部類だった」僕自身が、「最年長の参加者」だったりすることが目立ちます。これは当然の話なのですが、せつなくなったりもしますね。この席でも、やっぱり僕が最年長でした。(T_T)/~~~
そのことは、後日。
本日は、これから「アユと松茸を食べる会」に行ってきます。山に入る松茸とり名人の男性が「マツタケが見つからなかったら、ほかのキノコね」と言っていました。果たして、卓上に並ぶのは?
この会は、僕よりベテランが大勢いるので、ホッとします(^^♪